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No.182令和7年、記録更新の嵐の中で私たちが思うこと

2025.12.25

令和7年、記録更新の嵐の中で私たちが思うこと

「観測史上初」「過去最高」「◯年ぶりの水準」……。
2025年(令和7年)を象徴する言葉を挙げるなら、間違いなく「記録更新」というフレーズが上位に食い込むでしょう。
ニュースをつければ、連日のように塗り替えられる数字の数々。私たちは今、教科書の1ページに刻まれるような歴史の真っ只中に立っています。しかし、めまぐるしく動く社会現象を前に、どこか「もう、お腹いっぱいだ」と感じている方も少なくないのではないでしょうか。

猛暑と経済、極端に振れる振り子
まず、私たちの身体を蝕んだのは、もはや「異常」が「日常」となった記録的な猛暑でした。
これまでの最高気温を軽々と塗り替え、夏が長引く一方で、冬は驚くほどの短期間で極寒が訪れる。かつての「四季」は、今や「二季」に姿を変えつつあります。
次に、私たちの財布を直撃したのは、物価の上昇と株価の乱高下です。
日経平均株価が歴史的な高値を更新したかと思えば、翌週には世界的な景気後退懸念で急落する。新NISAなどの普及により、資産運用が身近になった分、画面上の数字に一喜一憂し、胃を痛めた社会人も多かったはずです。さらに、円相場の変動や、かつてないスピードで進むインフレ。昨日までの常識が、今日には通用しなくなる。そんな不安定な足場の上に立たされています。

「予測不能」が前提の社会
なぜ、これほどまでに記録更新が続くのでしょうか。
背景には、気候変動や急速なAI技術の社会実装、そして複雑に絡み合う国際情勢があります。私たちが今生きているのは、変動性が高くそして想定を超える不確実な時代。
かつては「10年に一度」と言われた出来事が、今や「毎月の恒例行事」のようにやってきます。このスピード感に、人間の適応能力が追いつかなくなるのは、ある意味当然のことかもしれません。

「それでも、生きていく」という静かな覚悟
株価が爆上がりしても、私の給料が即座に倍になるわけではない。
最高気温が40度を超えても、満員電車に揺られて会社へ行かなければならない。
SNSを開けば、世界中の「大変なこと」が可視化され、自分ひとりの無力さに溜息が出ることもあるでしょう。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみたいのです。
記録がどれだけ更新されようと、世界がどれほど騒がしくなろうと、私たちの日常は「今日、何を食べるか」「目の前の仕事にどう向き合うか」「大切な人とどんな言葉を交わすか」という、地味で小さな営みの積み重ねでできています。
令和7年の激動が教えてくれた真理は、「何が起こっても、私たちは生きていくしかない」という、諦めに似た、けれど力強いポジティブさではないでしょうか。

振り回されず、しなやかに
記録更新のニュースは、これからも続くでしょう。来年にはさらに暑い夏が来るかもしれませんし、経済の仕組みが根底から覆るような発明が生まれるかもしれません。
けれど、数字に一喜一憂して心をすり減らすのはもったいない。
記録はあくまで「外側の景色」です。景色が荒天なら、私たちは傘を差し、少し頑丈な靴を履くだけのこと。
「まあ、こんなこともあるよね」と、記録更新をどこか客観的に眺められるくらいの余裕。そんな「しなやかな図太さ」こそが、今の社会人に最も必要なスキルなのかもしれません。
令和8年はどのような年になるのでしょう。様々な数字が記録されようとも、今日を無事に終えた自分に拍手を送りましょう。明日の世界がどう転んでも、私たちはまた朝起きて、コーヒーを飲み、自分の人生という一歩を踏み出していくのですから。