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No.193何が起こるかわからない

2026.07.28

何が起こるかわからない

朝の通勤電車では大抵、ボックス席に座る。
二人掛けの椅子が相向かって並んでいる、あの席である。
長距離列車のためなのかわからないが、高崎線にはそういう席がある。

今日もその席に座ると、斜め向かいに腰かけた人が、そのうちおにぎりを食べ始めた。むしゃむしゃと頬張る音が聞こえてくる。
その音が私の耳に障りはじめた。そういうときは有線のイヤホンを取り出し耳に装着して、YouTubeアプリで音楽を聴くと決めている。
ということで、早速イヤホンを取り出すと、耳に装着する側についている、シリコンのようなものでできたあれが、片耳だけイヤホンから外れていることに気づいた。
カナル型のイヤホンをお使いのかたにはご理解いただけるかもしれないが、あれがなければ、イヤホンを耳に挿したところで音が聞こえにくくなるし、イヤホンが耳に密着してくれないため、すぐに耳から外れてしまう。黒色のあれは、きっと私のこの黒いカバンの中に紛れ込んでしまっている。こうして、私の粗探しならぬあれ探しがはじまった。

カバンに手を突っ込むが、小さくて黒いあれは目に見えにくくなかなか見つからず、カバンの奥を探っても、手の上に転がってくれない。
咀嚼音は相変わらず聞こえてくる。せめて片方だけでも耳に挿そうと、イヤホンに目を向けたとき、今度はそっちのあれも外れていることに気が付いた。実に運が悪い。
おにぎりに目をやると、白いおにぎりが先ほどよりも大きくみえる。なるほど、2個目、というパターンもあるのか・・・

幸い、あれの片方は、カバンの上のほうにあり、すぐに見つかった。しかし、もう片方のあれは未だに見つからず、手でカバンの中をぐしゃぐしゃにしながら時間が過ぎていった。次の駅、次の駅へと電車も進んでいく。

そのうち、「カバンの中にある説」を諦め、私は床に目を配せはじめた。するとついに、あれらしき黒い物体が目に入った。ボックス席の間の通路側、と言ったらいいのか、私の右側に落ちている。
それに手を伸ばそうとする間もなく、停車中の電車から人が乗ってきて、あれはあの乗客の革靴の下敷きになってしまった。人の声がしない電車のなか、私はあの乗客に声をかけ、「あれを取りたいので脚をどかしてくれませんか?」なんて複雑なことを言う勇気が出なかった。

今までも、イヤホンからあれが外れたことはたくさんあった。道で外れたこともある。それでもなぜか見つかって、おそらく6,7年くらい、私にとっては長く、縁あって大事に使ってきたイヤホンだった。

電車は間もなく浦和駅に着く。会社にはもう一つイヤホンがあるから、ひょっとして、そのイヤホンのあれが、今持っているイヤホンにぴったりハマってくれるかもしれない。さもなければあきらめるか。このような別れになるなんて。

浦和駅に着きドアも開き、さすがに電車を降りないと、と腰を上げたとたん、まさかのあの乗客も動きだした。人がいなくなった床に、ずっと会いたかったあれが転がっていた。私はほんの少しの間それを凝視し、さっと拾い上げ、電車を後にした。

ここまで執筆して何を言いたかったというと、「何が起こるかわからない」ということである。
今回のような短い出来事でもそうかもしれないし、5年後や3年後、ましてや1年後も、何が起こるかわからない。そんな境遇のなかを、私は生きている。いや、それが私にとっての「生きること」なのだと思う。